何度目の桜だろう。
風に舞う花弁を見れば無意識に過去を見る。
それは命のサイクルを示すシグナルを桜が担っているためだろうか。季節の節目を同じく桜が区切るためか。
いずれにせよ回想を余儀なくさせるその光景は、毎年の事とはいえ決して見飽きる事はない。その花弁の一片につき、一つの物語を宿しているのだから。花は死を包み、詩を代弁する。
去年のあの日。
一昨年のあの夜。
決して忘れる事はない三年前のあの朝。
世の歴史と共に個人の歴史もまた連綿と紡がれていく。
思い返す度に静かな笑みがこぼれる。それは幼き日への憧憬か。それとも過ちへの追想と自嘲か。
何にしろ、わたしはここまで歩いてきてしまった。後戻りなどとうに出来ないこの場まで。
戻る必要などない。
そう自分に言い聞かせて。
一度目を閉じ、そして再び開ける。
風が舞った
刹那の時の中に花が舞った
その一片一片が輝きながら
無数の事を語っていった
もう一度目を閉じる。そして再び開ける。
風はもうない。花ももう語らない。
刹那の時が見せる一瞬の軌跡。それは幻想が如く瞬時に消え去った。
そろそろ、歳だな
悲しいかな、わたしの両手は大きくない。多くを手に取ろうとしても端からこぼれていく。わたしは万能には程遠く、守れるものもさほど多くはない。
声は聞こえる。
ただ、全ては受け取れない。
全て受け取ってしまったら自分が壊れる事を経験から知っているから。
わたしを臆病にさせたのは歳月か、それとも痛みの記憶か。いずれにせよわたしはもう無謀はできない。
以前なら、あの風の輝きの中で舞っただろうか。踊り狂い、花弁と共に命を謳っただろうか。
それは体が知る確かな記憶。しかし、今ではもう過去の記録。
どこかで今も風が踊っている。歴史の代弁者を引きつれ、一つの終焉を告げて回っている。そして一つの始まりを謳って回っている。
どこか遠くで歌が聞こえる。命を謳う唄が聞こえる。
もう一度目を閉じ、そして開く。
歩を進める。通い慣れた坂を上る。
わたしの中で、一つの物語はもう終わった。
いつかまた、新しい物語が始まるまで
今はただ見送ろう
風の行方を想い描きながら
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