scattered piece : 3 Sunset Memory 〜 夕日に馳せる想い
 
 
 ――ヴァディス ( セントシルバニア ・ 郊外 )
 
 
 (あかね)色に染まる大地。いつもの土手(どて)に二人で座り、地平の彼方(かなた)へと沈み行く太陽を(なが)める。この時間の田園(でんえん)の土手は風が気持ちいい。太陽の色が変わり、いよいよ匂いも昼のものから夜のものへと変わっていく。
 それはとても(おだ)やかで、優しい時間だった…
 ふと。隣にいるアニエスが立ち上がる。夕日に想いを()せていた私は、そちらに顔を向ける。立ち上がったアニエスを見上げる私。アニエスの横顔も、やはり夕焼け色に着色されていた。
 そこにあったのは、笑顔。とびきりの。そして、どこか悲しい笑顔。
「 ねぇ 」
 こちらに顔を向け、見下ろすようなかたちで呼びかけるアニエス。
「 ん? 」
 問い返す。曖昧(あいまい)な返事。見上げた先には、やはり先程(さきほど)と変わりなく静かに笑むアニエス。
「 あたしたち、いつまでも友達だよね 」
 そこに(うれ)いが、(ある)いはそれ以上のものがあるように見えたのは、私の杞憂(きゆう)だろうか。
 私は、静かに、そして深く(うなず)いた。もし迷い事があるのなら、何でも相談してほしいと。無言でそう言いながら。
「 …ふぅ… 」
 溜息(ためいき)を一つ吐き、再び腰を下ろすアニエス。――何だったんだろうか。
 アニエスの挙動(きょどう)と共に視線を下ろした私。相変わらずアニエスの顔を見つめつづけるが、しかしアニエスはこちらには振り向かず、地平に半ば()かる太陽をじっと見据(みす)えていた。
 アニエスも、私と同じ。嘘が下手だ。表情でいくら誤魔化(ごまか)しても、耳がねている。普段あれほど元気に立っている耳は、アニエスの内心を見事に反映させている。
 ――強情ね
 私は苦笑し、口の(はし)()り上げる。と、アニエスの耳がピクリと動く。表情だけ何の変化も見せないのが逆に可笑(おか)しい。
 アニエスは、私が心配しているのを分かっている。私が話してくれと言っていることも分かっている。分かっていた上で無視している。そして、その無視に対して苦笑した私のことも分かっている。私(だま)せていないことも分かっている。それは何もかも分かった上での無視。顔ではなく耳が()ずかしさを代弁(だいべん)してくれている。
「 らしくないよ 」
 私は声をかけてみた。親切半分。どういう反応を示すか知りたいという悪戯心(いたずらごころ)もあった。
 アニエスは、それに対しハッと我に返ったような表情をして私を(あお)ぎ見た。
「 ぶっ 」
 私は、その様が面白くてついふき出してしまった。
「 なにさ! 」
 顔を真っ赤にして怒るアニエス。私はそれを見てさらに笑いを深刻化させた。
「 もう! 何なのさ! 」
 真っ赤な顔で恥ずかしさを(まぎ)らわすために怒鳴(どな)り散らすアニエス。私は必死に笑いを鎮圧(ちんあつ)する。
「 だって… 」
 はぁ…はぁ…あぁおなか痛い…
 笑いすぎだ。
 必死に笑いを鎮圧した私。
「 …だってさ。ホントにらしくないもん。アニエスが弱気なとこなんて見た事ないし。私に指摘(してき)されてそんなに(おどろ)いたのもらしくないよ。らしくない 」
 私は言ってやった。遠慮(えんりょ)なんてせずに。そんな必要などないのだから。わたしたちには(きずな)がある。何をされても決して消えない絆が。
 それを、思い出して欲しかった。私たちには、無駄な遠慮は必要ないんだって。
 アニエスの顔が、変わった。
 伝わった。
 絆が、元に戻った
 私は安堵(あんど)の微笑を浮かべる。そして口を開く。
「 なに(なや)んでるの? 」
 今度は、自然と聞くことが出来た。
「 …… 」
 しかし、(うつむ)くアニエス。
 ――ただ事じゃ、ないな…
 私は顔から微笑を消した。冗談(じょうだん)はこの場に相応(ふさわ)しくない。
「 …あんたはさ――死ぬの、怖くない? 」
「 ―― 」
 私は思わず口を(つぐ)んだ。
 ……
 返す言葉なんてあるはがない。あったところで、一体どう言えばいい。
「 …あたしね、怖いのさ…。まだ、あたしは死にたくない。死ぬのはまだ早い。そう、思うのさ… 」
「 …… 」
 返答できるわけも無かろう。私がそこまでの広量(こうりょう)さを持ち合わせているはずがない。
 (うつむ)いたアニエス。それを見守る事しか出来ない私…。
「 ――昨日、自分が死ぬ夢見た。なんで死んだかまでは分からない。でも、とても大切なものを遺して、自分だけ先に死んじゃう夢見たのさ。それって、悲しいし、寂しい… 」
「 …… 」
 突然そんな事を相談され、言葉が出る者がいるだろうか。
 …ごめん…。(えら)そうな事言っといて、私なんにも出来ないよ…
 そんな事を私が思っても、アニエスを助けるどころか負担にしかならないのに、それを分かっていてすら、私には()いる事しか出来なかった。
「あたしさ…どうすりゃいい?」
 俯いたままの弱弱しい声。
 私は(あせ)った。
 なんと(なぐさ)めてあげられる? 何がしてあげられる?
 私は必死になってその答を探した。
 と、アニエスが俯いていた顔を起こし、こちらへ顔を向けた。
 視線が合った。私は涙の()まったその顔に、その(ひとみ)()すくめられた。
「 あたし、まだ生きてたいよ…。自分の全てが好きってわけじゃない。でも、嫌いじゃないんだ。だから、まだ死ぬのは早い。まだ、死にたくないんだよ… 」
 再び沈んでいくアニエスの視線。
 私は、一体どうすれば…
 と、後ろから足音が。私たちは二人して()り向いた。
 その先にいたのは――
「 よっ。お二人さん 」
 ハーマン…